正月や睦月は、一年の始まりとして古くから特別な意味を持つ時期です。日本には、この節目の時期にちなんだことわざや格言が数多く残されており、新年の過ごし方や心構え、人との関わり方について大切な教えを伝えてくれます。これらの言葉には、単なる縁起担ぎにとどまらず、日々の暮らしをより良くするための知恵や価値観が込められています。
本記事では、1月(正月・睦月)に関係することわざ・格言をあいうえお順に紹介し、それぞれの意味や背景を分かりやすく解説します。新年の挨拶や目標づくり、日常生活のヒントとして、ぜひ参考にしてください。
1月(正月・睦月)のことわざと意味一覧
あいうえお順に、1月(正月・睦月)の諺(ことわざ)・格言を紹介しています!
一年の計は元旦にあり(いちねんのけいはがんたんにあり)
「一年の計は元旦にあり」とは、一年をどう過ごすかは年の初めに立てた計画や心構えによって大きく左右される、という意味のことわざです。物事は思いつきで進めるのではなく、最初に方向性を決めておくことが大切だと教えています。
たとえば、仕事で成果を出したいと考えている人が、元旦に「今年は資格を一つ取得する」「毎月必ず目標を振り返る」と決めたとします。最初に目標を明確にしておくことで、日々の行動に迷いが少なくなり、忙しい中でも勉強時間を確保しようという意識が生まれます。結果として、年末には目に見える成果につながりやすくなります。
一方で、特に計画を立てずに一年を始めると、「いつかやろう」と先延ばしになり、気づけば何も達成できなかった、ということも起こりがちです。この違いが、「元旦に立てた計」が一年全体に影響するという考え方です。
このことわざは、元旦に限らず、物事の始まり全般にも当てはまります。新しい仕事や勉強、趣味を始めるときに最初の方針をしっかり決めることが、成功への近道になると教えてくれる言葉です。新年の節目に自分の目標を見直す習慣を持つことは、一年を充実させる大きな助けになるでしょう。
祝い事は正月に始まる(いわいごとはしょうがつにはじまる)
「祝い事は正月に始まる」とは、物事の喜ばしい出来事や幸運は、新年の始まりとともに訪れやすい、または正月をきっかけに広がっていく、という意味のことわざです。正月は一年の節目であり、心身ともに新たな気持ちでスタートする特別な時期と考えられてきました。そのため、昔から正月は祝い事の中心として大切にされてきたのです。
具体例として、家族が集まる正月を思い浮かべてみましょう。普段は離れて暮らしている家族が一堂に会し、「今年も健康で過ごせますように」「良い一年になりますように」と願いを込めて新年を祝います。この場で交わされる前向きな言葉や気持ちは、その後の一年の人間関係や出来事に良い影響を与えることがあります。正月に明るい雰囲気で過ごすことで、家族全体に良い流れが生まれるという考え方です。
また、結婚や新しい事業の計画を正月に話し合い始める家庭もあります。「おめでたいことは年の初めから始めたい」という意識が、前向きな行動を後押しします。実際に、新年をきっかけに目標を立て、努力を重ねた結果、年内に夢が実現したという例も少なくありません。
このことわざは、正月を単なる休みではなく、幸せのスタート地点として大切にする日本人の価値観を表しています。新年を明るく迎えることが、次の祝い事へとつながっていくという教えなのです。
餅は餅屋(もちはもちや)
「餅は餅屋」とは、物事にはそれぞれ専門分野があり、その道のことは専門家に任せるのが一番うまくいく、という意味のことわざです。餅を作るなら餅屋が最も上手で失敗が少ない、という昔の生活感覚から生まれた言葉で、現代でも幅広い場面で使われています。
具体例として、家をリフォームする場合を考えてみましょう。費用を抑えたいからと、専門知識のないまま自分で工事を行うと、仕上がりが悪かったり、安全面に問題が出たりすることがあります。一方、経験豊富な業者に依頼すれば、建物の構造や素材の特性を理解したうえで作業してくれるため、安心して任せることができます。多少費用がかかっても、結果的には長持ちし、トラブルも少なくなります。
仕事の場面でも同様です。デザインが苦手な人が無理に資料作成をすると、伝わりにくい資料になることがありますが、デザインの得意な人に任せれば、内容が整理され、相手に伝わりやすくなります。このように、得意分野を活かし合うことで、全体の質が高まります。
「餅は餅屋」は、すべてを自分一人で抱え込まず、適切に人に頼ることの大切さを教えてくれることわざです。専門家の力を借りることは、決して手抜きではなく、より良い結果を得るための賢い選択だといえるでしょう。
門松は冥土の旅の一里塚(かどまつはめいどのたびのいちりづか)
「門松は冥土の旅の一里塚」とは、正月に門松を立てて新年を祝うことも、人生全体で見れば死へと向かう道の途中の一区切りにすぎない、という意味のことわざです。華やかでめでたい正月行事の裏に、「人は年を重ねるごとに老い、死に近づいていく存在である」という厳しい現実を重ね合わせた、少し皮肉を含んだ言葉です。
具体例として、毎年正月になると「また一年が始まった」「今年こそ頑張ろう」と感じる人は多いでしょう。しかし同時に、「もう何回目の正月だろう」「年々体力が落ちてきた」と実感する人も少なくありません。門松を見るたびに、新しい年を祝う気持ちと同時に、人生の時間が一歩進んだことを意識させられる、という感覚がこのことわざに表れています。
たとえば、定年後の人が正月に家族と集まり、孫の成長を喜びながらも、「自分の人生も終盤に近づいているな」と静かに感じる場面があります。門松は祝福の象徴である一方、人生の通過点を示す目印でもあるのです。
このことわざは、正月をただ浮かれて過ごすのではなく、命の有限さを自覚し、残された時間を大切に生きることの重要性を教えています。新年は喜びの始まりであると同時に、自分の生き方を見つめ直す機会でもある、という深い意味を持った言葉です。
正月の雨は豊作の兆し(しょうがつのあめはほうさくのきざし)
「正月の雨は豊作の兆し」とは、正月に雨が降るのは一見すると縁起が悪そうに感じられるものの、実はその年の農作物がよく実る前触れであり、良い年になる兆しだと考えることわざです。新年の天候を一年の運勢や作柄と結びつけて考えていた、昔の人々の知恵や願いが込められています。
具体例として、農業を営む家庭を思い浮かべてみましょう。正月に雨が降ると、「せっかくの正月なのに天気が悪い」と残念に思う気持ちが生まれます。しかし農家にとっては、冬の間に適度な雨や雪があることで土が潤い、春の種まきや作物の生育に良い影響を与えると考えられてきました。そのため、正月の雨は「大地が水を蓄え、作物を育てる準備をしている証拠」と前向きに受け取られたのです。
現代でも、思い通りにいかない出来事が、後になって良い結果につながることがあります。たとえば、新年早々に予定が狂ったり、小さな失敗をしたりしても、それをきっかけに計画を見直したことで、結果的に充実した一年になったというケースもあります。
このことわざは、目の前の出来事だけで良し悪しを判断せず、長い目で物事を見る大切さを教えています。一見すると不運に見えることの中にも、未来につながる「豊作の兆し」が隠れているかもしれない、という前向きな考え方を伝える言葉です。
正月の晴れ着に寒行(しょうがつのはれぎにかんぎょう)
「正月の晴れ着に寒行」とは、めでたく華やかな場面の裏には、必ず苦労や厳しさが伴っている、という意味のことわざです。正月に着る晴れ着は美しく人目を引きますが、その準備や背景には、寒い中での修行や努力、我慢があることをたとえています。表に見える華やかさだけでなく、その裏側を想像することの大切さを教える言葉です。
具体例として、社会人として成功している人を思い浮かべてみましょう。周囲からは「仕事ができて順調そう」「うらやましい」と見られていても、実際には長い下積み時代や失敗、厳しい経験を積み重ねてきた場合がほとんどです。結果だけを見ると楽に見えますが、その陰には人知れぬ努力が存在しています。
また、子どもの晴れ着姿を見て「立派に育った」と感じる親も多いでしょう。しかしその成長の裏には、日々のしつけや悩み、時には厳しく接する必要があった親の苦労があります。正月の晴れやかな場面の中にも、積み重ねられた努力が隠れているのです。
このことわざは、人の成功や幸せを表面的に評価するのではなく、その背景にある苦労や努力に思いを寄せる姿勢を大切にするよう教えています。華やかさの裏にある「寒行」を知ることで、物事をより深く理解し、他人への敬意や感謝の気持ちを持てるようになるでしょう。
正月三日坊主(しょうがつみっかぼうず)
「正月三日坊主」とは、新年に立てた目標や決意が長続きせず、わずか数日で終わってしまうことをたとえたことわざです。一般的な「三日坊主」と同じ意味ですが、「正月」を付けることで、新年の抱負が特に挫折しやすい様子を強調しています。年の初めは気持ちが高まりやすく、勢いで目標を立てがちですが、その熱意を維持するのは簡単ではありません。
具体例として、正月に「今年こそ毎日運動する」と決意した人を考えてみましょう。最初の三日間は早起きをしてジョギングを続けますが、四日目になると寒さや忙しさを理由に休み、そのまま習慣が途切れてしまうことがあります。このような経験は多くの人に心当たりがあるでしょう。
また、「毎日勉強する」「家計簿をつける」といった目標も同様です。正月の高いモチベーションだけに頼ると、現実の生活リズムに戻ったときに続かなくなります。これが「正月三日坊主」の状態です。
このことわざは、決意そのものを否定しているわけではありません。むしろ、続けるための工夫が大切だと教えています。目標を小さく分けたり、最初から完璧を求めなかったりすることで、三日坊主を防ぐことができます。新年の抱負を実りあるものにするために、現実的な計画と継続の意識を持つ重要性を示す言葉です。
正月の夢は縁起が良い(しょうがつのゆめはえんぎがよい)
「正月の夢は縁起が良い」とは、新年の初め、特に正月に見る夢は一年の運勢を暗示し、良い出来事につながりやすいと考えられてきたことわざです。年の変わり目は特別な力を持つ時期とされ、そのときに見た夢には意味が宿ると信じられていました。現在でも「初夢」という言葉が残っていることからも、この考え方が深く根付いていることがわかります。
具体例として、正月に富士山や鷹、なすびが印象に残る夢を見た場合、「今年は良い年になる」と前向きな気持ちになる人は多いでしょう。たとえ科学的な根拠がなくても、「縁起が良い夢を見た」という意識が、その後の行動を前向きに変えることがあります。気持ちが明るくなり、物事に積極的に取り組めば、結果として良い出来事を引き寄せやすくなります。
また、仕事で成功する夢や、家族と笑顔で過ごしている夢を正月に見た人が、「この一年は人間関係を大切にしよう」「挑戦を恐れず行動しよう」と考えるきっかけになることもあります。夢そのものよりも、そこから生まれる前向きな意識が重要なのです。
このことわざは、正月という節目を大切にし、良いイメージを持って一年を始めることの価値を教えています。縁起の良い夢を見たと受け止めることで、心に希望を持ち、明るい気持ちで日々を過ごせるようになるという、日本人らしい前向きな知恵が込められた言葉です。
正月は借金を嫌う(しょうがつはしゃっきんをきらう)
「正月は借金を嫌う」とは、新しい年の始まりである正月に、借金や未払いを残すことは縁起が悪く、一年の運気にも悪い影響を与えると考えられてきたことわざです。年の区切りを大切にし、気持ちも暮らしもきれいな状態で新年を迎えるべきだ、という教えが込められています。
具体例として、年末になると支払いを整理し、「今年のうちに精算しておこう」と考える人は多いでしょう。友人から借りたお金や、後払いの代金を正月まで持ち越すと、「気持ちが落ち着かない」「新年から負担を抱えている感じがする」と感じることがあります。反対に、年内に借りを返しておくと、心が軽くなり、すっきりした気持ちで正月を迎えられます。
現代では必ずしも借金そのものが悪いわけではありませんが、このことわざが伝えているのは「お金の問題を先送りにしない姿勢」です。たとえば、クレジットカードの使いすぎを見直したり、家計を整理したりすることも、正月をきっかけに行うと意識しやすくなります。
「正月は借金を嫌う」は、新年を新たなスタートと捉え、過去の負担や不安をできるだけ整理してから進もうとする日本人の生活の知恵を表しています。物理的な借金だけでなく、人間関係のわだかまりや気がかりも清算し、気持ちよく一年を始める大切さを教えてくれる言葉です。
正月は子どもの王様(しょうがつはこどものおうさま)
「正月は子どもの王様」とは、正月の間は子どもが主役となり、大人よりも大切に扱われ、自由で楽しい時間を過ごせる、という意味のことわざです。普段はしつけや規則の中で生活している子どもも、正月だけは特別に許されることが多く、昔の家庭の様子をよく表しています。
具体例として、お正月の家庭風景を思い浮かべてみましょう。普段なら厳しく注意される夜更かしや、お菓子の食べ過ぎも、正月の間は「まあ今日はいいか」と大目に見てもらえることがあります。また、お年玉をもらったり、親戚から注目されたりと、子どもにとって正月は一年で最も楽しみな行事の一つです。まさに「王様」のように扱われる時間といえるでしょう。
昔は、正月に子どもが元気に遊ぶ姿が「家の繁栄」や「家族の幸せ」を象徴すると考えられていました。そのため、大人たちは子どもを中心に据え、笑顔で新年を迎えることを大切にしていたのです。
このことわざは、単に子どもを甘やかすという意味だけではありません。子どもの存在が家庭の希望であり、未来そのものであることを表しています。正月に子どもを大切にすることは、一年の幸せを願う行為でもあるのです。家族全員が子どもの笑顔を囲んで新年を祝う姿に、日本人の温かい家族観が込められています。
正月は万事改まる(しょうがつはばんじあらたまる)
「正月は万事改まる」とは、正月を迎えることで、物事が新しくなり、気持ちや生活を一新できる、という意味のことわざです。一年の区切りである正月は、過去をリセットし、新たなスタートを切る特別な時期と考えられてきました。
具体例として、年末に大掃除をして部屋をきれいにし、新しいカレンダーや手帳を用意する家庭は多いでしょう。古いものを整理し、新しいものに入れ替えることで、「今年は心機一転がんばろう」という前向きな気持ちが生まれます。また、仕事でも正月を機に目標を立て直したり、人間関係を見直したりする人もいます。去年はうまくいかなかったことでも、「新しい年だからやり直せる」と考えることで、再挑戦する勇気が湧いてきます。
たとえば、昨年は健康管理がうまくいかなかった人が、正月から生活リズムを整え、毎日の散歩を始めるケースがあります。年の変わり目をきっかけに習慣を改めることで、行動を変えやすくなるのです。
このことわざは、正月を単なる行事として終わらせるのではなく、自分自身や生活を見直す機会として活かす大切さを教えています。過去の失敗や停滞にとらわれず、「万事改まる」という気持ちで新年を迎えることが、より良い一年につながるという考え方が込められています。
年の初めの例え(としのはじめのたとえ)
「年の初めの例え」とは、新年の始まりに起こる出来事や様子を、その一年全体の前触れや象徴として捉える考え方を表したことわざです。年の最初に見たもの、感じたこと、起きた出来事が、その後の一年の流れを暗示すると考えられてきました。正月を特別な節目として重んじてきた、日本人の感覚がよく表れています。
具体例として、元旦に家族が和やかに集まり、笑顔で新年を迎えた場合を考えてみましょう。「この一年は家族円満に過ごせそうだ」と前向きな気持ちになります。反対に、年明け早々に慌ただしい出来事が続くと、「今年は落ち着かない年になるかもしれない」と感じることもあります。このように、年の初めの印象が、その後の一年の心構えに影響を与えるのです。
また、仕事始めの日にスムーズに作業が進んだ人は、「良いスタートが切れた」と自信を持ち、その勢いで仕事に取り組みやすくなります。最初の出来事を良い例えとして受け止めることで、行動が前向きになり、結果的に良い流れを生むこともあります。
このことわざは、年の初めを丁寧に過ごすことの大切さを教えています。最初を大事にする姿勢が、その後の一年を左右するという考え方は、日常生活のさまざまな場面にも応用できる、普遍的な教えだといえるでしょう。
年始の挨拶は福を呼ぶ(ねんしのあいさつはふくをよぶ)
「年始の挨拶は福を呼ぶ」とは、新年のはじめに交わす挨拶が、人との縁を深め、良い運や幸せを引き寄せるきっかけになる、という意味のことわざです。正月の挨拶は単なる形式ではなく、相手の一年の幸せを願い、自分自身も良い一年を迎えるための大切な行為だと考えられてきました。
具体例として、親戚や近所の人に「明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」と丁寧に挨拶をする場面を想像してみましょう。この一言によって、相手は大切にされていると感じ、関係が和やかになります。その結果、困ったときに助け合えたり、良い情報や縁をもたらしてくれたりすることがあります。こうした人とのつながりが、「福」を呼ぶ土台になるのです。
仕事の場面でも同様です。年始に取引先や同僚へ心を込めて挨拶をすると、第一印象が良くなり、その後のやり取りが円滑に進みやすくなります。実際に、年始の挨拶をきっかけに新しい仕事の話が広がることもあります。
このことわざは、幸運は偶然ではなく、人との関係や日々の心がけから生まれるという考え方を教えています。新年の挨拶を大切にすることは、自分から福を迎えにいく行動でもあり、良い一年を築く第一歩だといえるでしょう。
年明けは心を正す時(としあけはこころをただすとき)
「年明けは心を正す時」とは、新しい年を迎えたこの節目に、自分の気持ちや行いを見直し、まっすぐな心で一年をスタートさせるべきだ、という意味のことわざです。年が改まることで、過去の反省を活かし、より良い生き方を目指そうとする姿勢を大切にしています。
具体例として、昨年は仕事に追われて家族との時間が少なかった人が、年明けに「今年は家族を大切にしよう」と心に決める場面があります。正月にゆっくり過ごしながら自分の生活を振り返ることで、何を改めるべきかが見えてきます。また、無駄遣いが多かった人が家計簿をつけ始めたり、人に対してきつい態度を取っていたことを反省し、言葉遣いを意識するようになったりするのも、このことわざに通じる行動です。
神社へ初詣に行き、一年の無事や目標達成を祈る習慣も、「心を正す」行為の一つといえるでしょう。手を合わせることで、自分の欲や迷いを落ち着かせ、初心に立ち返るきっかけになります。
このことわざは、年明けを単なる区切りとして終わらせず、自分自身を見つめ直す大切な機会として捉える教えです。心を整えて新年を迎えることで、日々の選択や行動が前向きになり、結果として充実した一年につながることを伝えています。
初春の喜び(しょしゅんのよろこび)
「初春の喜び」とは、新しい年の春を迎えたことへの素直なうれしさや、これから始まる一年への希望を表した言葉です。厳しい冬を越え、少しずつ日差しがやわらぎ、自然や人の気持ちが前向きになる時期ならではの感情を表しています。正月の晴れやかな雰囲気や、新しい始まりへの期待が込められた表現といえるでしょう。
具体例として、元日の朝に初日の出を眺める場面を想像してみてください。冷たい空気の中で昇る太陽を見ると、「今年も頑張ろう」「良い一年になりそうだ」と自然と前向きな気持ちが湧いてきます。これが「初春の喜び」です。また、家族や親戚と集まり、笑顔で新年の挨拶を交わす時間も、この言葉が示す喜びの一つです。
日常の中でも、年明けに新しい手帳を使い始めたり、新しい目標を立てたりする瞬間に、心が軽くなることがあります。まだ何も決まっていないからこそ、可能性が広がっていると感じられるのです。
「初春の喜び」は、大きな成功や特別な出来事だけを指しているわけではありません。新しい年を迎えられたこと自体に感謝し、ささやかな希望を胸に抱く気持ちを大切にしよう、という教えを含んでいます。日々の忙しさの中でも、この初心の喜びを忘れずに過ごすことが、心豊かな一年につながるでしょう。
初日の出を拝む(はつひのでをおがむ)
「初日の出を拝む」とは、新年最初に昇る太陽を見て、その一年の無事や幸せを願う日本の習慣や考え方を表した言葉です。単なる風景を楽しむ行為ではなく、自然の力に感謝し、新しい年を清らかな気持ちで迎えようとする意味が込められています。
具体例として、元旦の早朝に早起きをして、家族や友人と一緒に海岸や高台へ向かう場面を想像してみましょう。寒さに震えながらも、水平線から太陽が顔を出した瞬間、多くの人が手を合わせたり、心の中で願い事をしたりします。「今年も健康で過ごせますように」「大きな事故がありませんように」といった思いを込めることで、気持ちが引き締まり、新年のスタートを実感できます。
また、遠出ができない人でも、自宅の窓から朝日を眺めるだけで、同じように新しい始まりを感じることができます。初日の出を見ることで、「昨日までとは違う一年が始まった」という意識が生まれ、前向きな気持ちになれるのです。
この言葉は、自然のリズムとともに生きてきた日本人の価値観を反映しています。初日の出を拝むことで心を整え、一年の目標や生き方を考えるきっかけになるという点に、深い意味があります。新年最初の光を受け止める行為は、自分自身を新しく生まれ変わらせる象徴ともいえるでしょう。
初夢で一年を占う(はつゆめでいちねんをうらなう)
「初夢で一年を占う」とは、正月に見る最初の夢、いわゆる初夢によって、その一年の運勢や出来事を予想するという考え方を表した言葉です。昔の人々は、年の始まりに見た夢には特別な意味があり、これからの一年を映し出すと信じていました。
具体例として、初夢に仕事で成功している場面や、目標を達成して喜んでいる自分の姿を見た場合を考えてみましょう。その夢をきっかけに、「今年は挑戦の年にしよう」「努力を続ければ結果が出るかもしれない」と前向きな気持ちになります。逆に、あまり良くない夢を見たとしても、「注意しなさいという知らせだ」と受け止めることで、慎重な行動を心がけるようになります。
有名な例に「一富士二鷹三なすび」があります。初夢にこれらが出てくると縁起が良いとされ、豊かさや成功、成長を象徴すると言われてきました。科学的な根拠はなくても、この言い伝えが人の気持ちを明るくし、一年を前向きに過ごす支えになってきたのです。
このことわざは、夢そのものよりも、夢を通して自分の心と向き合うことの大切さを教えています。初夢をきっかけに目標や注意点を意識し、一年をどう生きるかを考える。その姿勢こそが、充実した一年につながるという意味が込められています。
睦月は親しみを深める月(むつきはしたしみをふかめるつき)
「睦月は親しみを深める月」とは、旧暦一月である「睦月(むつき)」が、人と人との関係を親しくし、絆を強める時期であることを表した言葉です。「睦」という字には、仲良くする、親しむという意味があり、正月に多くの人が集まり交流する様子から名付けられたといわれています。
具体例として、正月に親戚や家族が集まり、久しぶりに顔を合わせて食事をする場面があります。普段は忙しくて連絡を取れない人とも、近況を語り合い、笑い合うことで距離が縮まります。このような時間を通して、家族や親戚との結びつきが改めて深まるのです。
また、年始の挨拶回りで近所の人や職場の関係者と顔を合わせることも、睦月ならではの習慣です。「今年もよろしくお願いします」という一言が、これから一年の良好な関係づくりにつながります。新年という区切りがあるからこそ、改めて人間関係を見直し、整えることができます。
このことわざは、正月を自分だけの時間として過ごすだけでなく、人とのつながりを大切にする機会として活かす大切さを教えています。睦月に深めた親しみは、その後の一年を支える大きな力になります。人と心を通わせる時間を意識的に持つことが、穏やかで充実した日々につながるという教えが込められています。
笑う門には福来る(わらうかどにはふくきたる)
「笑う門には福来る」とは、いつも明るく笑顔の絶えない家庭や人のもとには、自然と幸せや良い出来事が訪れる、という意味のことわざです。特に正月は「一年の始まり」として、この言葉がよく用いられます。新年を笑顔で迎えることで、その一年も明るく過ごせると考えられてきました。
具体例として、正月に家族が集まり、冗談を言い合ったり、子どもの笑い声が響いたりする家庭を思い浮かべてみましょう。そこでは自然と雰囲気が和み、些細なトラブルも大きな争いに発展しにくくなります。笑顔が多い家庭は居心地が良く、人が集まりやすいため、良い縁や情報が舞い込みやすくなるのです。
仕事の場面でも同じことがいえます。新年の挨拶を笑顔で交わす人は、周囲に良い印象を与え、人間関係が円滑になります。その結果、協力を得やすくなったり、新しいチャンスにつながったりすることもあります。
このことわざは、「無理に笑え」という意味ではありません。つらいときでも、前向きな姿勢を忘れず、人と明るく接することの大切さを教えています。正月に笑顔で過ごすことは、その年の幸せを呼び込む第一歩だという、日本人の生活の知恵が込められた言葉です。
福は内、鬼は外(年始行事に関連)(ふくはうち おにはそと)
「福は内、鬼は外」とは、幸せや良い運を家の中に招き入れ、災い・不運・悪いものを外へ追い払う、という意味の言葉です。主に節分の豆まきで使われますが、年始行事と深く結びつき、新しい一年を清らかな状態で始めたいという願いが込められています。
具体例として、節分の日に家族で豆まきをする場面を思い浮かべてみましょう。家の中で「鬼は外」と声を出しながら豆をまき、玄関や窓から外へ追い出します。その後、「福は内」と言いながら豆をまいて家の中に福を招き入れます。この一連の行為は、病気や災難、悪い出来事を遠ざけ、家族が健康で穏やかに暮らせるよう願う象徴的な儀式です。
現代的な例としては、年の初めに不要な物を処分したり、悪習慣を断ち切ったりすることも「鬼は外」にあたります。一方で、新しい目標を立てたり、感謝の気持ちを大切にしたりすることは「福は内」といえるでしょう。
この言葉は、単なる掛け声ではなく、自分の生活や心の中を整えるための知恵を示しています。悪いものを遠ざけ、良いものを迎え入れる意識を持つことで、新しい一年を前向きに過ごせるようになる、という教えが込められているのです。
